2011年10月29日土曜日

今日は京葉地区地域医療連絡懇談会を主催しました

今日は午前中の診療が、午後1時過ぎにまで延長して、そのあと介護保険の医師の意見書を記載し、すぐに近くのホテルへ向かいました。今日は習志野市医師会が主催して5市の医師会と千葉県医師会の協力で、医療に関する話し合いをしました。総合司会は大久保で循環器内科を診療している豊崎先生、引き締まった表情にファイトが見受けられ・・・、



最初に千葉県医師会の会長で小児科医の藤森先生のご挨拶を頂き・・・、









次に千葉市医師会会長の入江先生は本会の意義を話され・・・、
続いて医療懇談会へと進行し・・・、

司会を津田沼で透析医療を行っている梶本先生に交代していよいよ本題へと入りました。


八千代市からは小坂理事が医師会が抱えている諸問題特に医師会に所属する事の無い医師の問題、自らの診療と家庭のことで先生方が多忙を極め、医師会の理事や会長を務めると手を挙げてくださる医師が減ってきて・・・、

千葉市は医師数が1.000名を越す大きな組織であるのに対して、習志野市は141名とこじんまり、でも気持ちはどこにも負けません。

負けないことでは人後に落ちない、県医師会の田畑理事は同時に山武郡市医師会会長を併任して、何時休まれているのかわからないご活躍・・・、

話題をかえて、先日のある晴れた秋の日に旧浅香邸に出かけた時の様子です。浅香邸は明治天皇のお子様にあたる皇族のお屋敷で、日本の国が一番力を有していた頃の住いなので・・・、

正面からの眺めは当時これが日本の建造物かと思われたことでしょう。大勢の諸外国からの人々を集めてパーティー―を繰り返して行い・・・、

エントランスの両サイドにはブロンズの狛犬が鎮座して、その威風を誇り・・・、

入ってすぐの大広間では天井には当時としては眩いほどの光のシャワーをデザインし・・・、ここで舞踏会が夜毎に行われ、数々の物語を作ったことでしょう。

そしてこれはお風呂、大理石で作り上げられたバスタブと同じ室内にトイレが置かれているのはこれまた当時の日本家屋としては想像を絶するデザイン・・・、ここに追い付け追い越せの気概が感じられます。
習志野市医師会もあのころの日本人が抱いていた気概を持って、これからも進んでいきます。

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